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Khong Say Khong Ve. ベトナムの意味なし画像集

ベトナムでシンゴジラ!背負っている怖さの文化

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あけましておめでとうございます。今年もゆるりと継続。

ベトナムではなかなか日本映画って上映することって少ないのだが、あの話題の「シンゴジラ」をやっているというので見てきた。 海外シンゴジラ事情である。

シン・ゴジラ

シン・ゴジラ

1月1日から映画館にせっせと出かけた。 元日だから何かというのはベトナムには無い。1月1日は一応元日ということでベトナムでは祝日にはなっているのだが、 一般の中では特別な意味は殆どなく単になんか休みなのねラッキーぐらいでしかない。 なので1月1日も平常運転なのがベトナム。

今回見たのは2D版日本語音声ベトナム語字幕。 結論から言うと、自分は日本人として楽しめた。ベトナム人にはかなり不評とのことだ。不評なのもうなずける内容ではあったのだ。

ベトナム題

さてさて、行って参った。 19:25 からの上映開始だったのだが、休みだったのか結構人気あった。小さいスクリーンだったのだが、ほぼ満員に近かったのではないか。

日本語では「シン」とカタカナで表記することで、「新」、「神」、「進」、「真」、「震」、「侵」、「深」、いろんな意味を含ませることになっているタイトルだが、ベトナム語のタイトルでは「Shin」と海外版のやつそのまんまになっていた。 一応ベトナム語でも同じ音の単語はあって、こっちは「sinh」と綴って、意味は「誕生」なので、こっちの綴りを使ってもあながち間違えではないのではと思ってしまった。

サブタイトルに使われている「Sự Hồi Sinh」は「復活」という意味らしい。用例を調べるとベトナム語の聖書によく使われていて、ちょっと重たい言葉のようだ。 ベトナム語的にこの「シン」をうまく補っているように見える。

どういう期待でみんな来ていたのか?

www.youtube.com

これベトナムの映画館がベトナム人向けに出している予告編なのだが、セリフゼロで、字幕もゼロ。最初に英語でエヴァンゲリオンについて触れているのだが、 ベトナム人にとってエヴァンゲリオンが何者なのかは当然わかるわけもない。知り合い(20代から30代)に聞いてみたが、マニアックなやつが名前ぐらいは聞いたことあるぐらいで、普通のベトナム人は若者でもエヴァの存在すらしらないようだった。

だから、なんか怪獣プロレスモノなんだろうと、予告を見て前にあったアメリカ版ゴジラ(ギャレゴジ)の続編かなという感覚で来ているひとも多かったのではないかと思われる。

GODZILLA ゴジラ(字幕版)

GODZILLA ゴジラ(字幕版)

事実、親子、子供がものスゴイ多かった。

ゴジラではなくベトナム語字幕に打ちのめされるベトナム人観客

上映が始まって・・・、ひたすら会議会議シーン、ものスゴイ量の難しい単語を並べた説明的会話の応酬。 日本語でも言ってる意味が半分ぐらいわからん感じなのだがベトナム語字幕がものすごい量で流れていく。

画面上にチラチラ見えるがあれをベトナム人が読めるのかと思った。

字幕について調べると、字幕というのは

www.trivector.co.jp

日本語への字幕翻訳:1秒間に4文字 英語への字幕翻訳:1秒間に10アルファベット

というルールがあるようだ。こうしないと観客が読むスピードが映像についていかないらしい。 今回の場合は庵野監督の演出意図もそうなっているらしく、普通の会話以上にセリフがギチ詰めになっている。

ベトナム語というのは中国語から由来の単語が半分以上を占める、しかし文字はアルファベットを使っているのである。 漢字の文化は失われてしまっているのである。漢字由来の単語を特殊アルファベットで音写しているのである。つまりどうなるかというと「同音異義語」の区別がつきにくくなってしまうのだ。

ではこのような言語ではその区別するためにどういう戦略をとるかというと、文脈から判断することになる。 ベトナム語は単語自体は非常に短いのだが、必要以上に話に尾ひれをつけて喋る必要がある言語ということになる。 自然なベトナム語として表現するには字面上の意味以上に長くなってしまうのだ。

こういうベトナム語特性があり、会議会議会議の会話劇でしかもそれも文脈はまったくわからない日本の文化、 しかも難しい熟語が多く、しかも早いとなると、ベトナム語字幕が猛烈嵐。

さらにカット割りが数秒でポンポン切り替わるため、殆どのベトナム人がゴジラではなくこの会話劇の字幕量、スピードに蹴散らされてしまっていた。

畳み掛けるように、この映画、この猛烈字幕状況なのに、加えて、登場人物の糞長い肩書きとか兵器の名前とかががさらに画面に文字で表示されるのである。 ウワッ!スクリーンが文字だらけ。

前半部で騒ぐ子供、帰る客続出。

日本の状況や文化への理解

全編に渡ってやたら会議会議なのだが、これは完全に日本の政治、先の震災の政府対応に対する揶揄である。もうギャグスレスレに政治家がクソであることがこれでもかと繰り返される。 決断力ゼロのトップの総理大臣、法律が無いと動けない組織、街がボッコボコに破壊されているのに武器使用にやたら確認しまくる軍隊、ちょっとやりすぎて日本人でもさっさとヤメロと思うぐらいである。 しかし映画としてはそのギャグの体をとってないので、ベトナム人からすると「なんだこいつら、ヒーローはいないのか?怪獣出せ怪獣!」となってしまうのである。

日本全員が団結して対ゴジラを乗り越える映画ではないのだ。政治家のアホさ加減と、その中でなんとかやる主人公、庵野趣味を見る映画なのである。

ま、そういう面では総理大臣があっさりヘリ墜落で死んでしまうのはスッキリしたが。

さらに騒ぐ子供、帰る客続出。

日常とそのすぐとなりにある恐怖への共感

ゴジラ映画と言えば毎度恒例なのがランドマーク破壊であるが、今回のシンゴジラは「この特徴的な建物を今からパンチで壊しまーす」みたいな画になってない。 今回のゴジラも街をぶっ壊しまくるんだが、地方の人なら「これ近所のデカイマンションっぽいな」とか、東京に住んでる人なら「昨日行ったよ」みたいな、なんなら「そこに今住んでるよ」みたいな、普通の日常にゴジラっていう全くの非日常が飛び込んでくるようになっている。

大きく揺れる地面、根本から倒壊する建物、押し流される車、本来港にある船が街の中に流れ込む、 これ完全に日本人なら多くの人が体験した恐怖、阪神大震災、東日本大震災のリアルにあった恐怖とリンクするように作られている。 自分も3月11日は会社のオフィスに居たがビルがマジで倒壊するかと思ってビルの中にいるのが嫌になり居てもたっても出来ず、近くの公園に集まったことを覚えている。

ここに東京大空襲、広島長崎原爆投下、地震の数々、福島原発、という、これまでの歴史の文化背景を下敷きに、どうしようもない日本人が抱える「日常を容赦なくぶっ壊す対抗できない力への不安」の恐怖象徴としてゴジラというモノを描いていることが日本人には痛いほど簡単にわかるような作りになっている。

逆に外国人にはこの怖さが実感としてどうなのだろうか? 外国のゴジラマニアの評としても、「やっぱり対決怪獣プロレスモノが見たかった」というものもあった。

こう思うと、普段よく見ている、ハリウッド映画や香港映画に関しても実は自分は全然楽しめてない部分がかなりあるんではないかと思ってなんだか実はいつも損してるのではと思ってきた。 異文化の中で自国の文化を見るがそうさせるんだろう。文化理解は重要だな。

楽しめた

なんだなんだとあるが、自分は楽しめた。特に火炎放射からのビィイイイイムは最大にアガった。これはベトナムの人もそうかもしれんな。

もう一度見たいと思った。また庵野節にやられてるわ。

ゴジラVSビオランテ大百科

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